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東京高等裁判所 昭和35年(う)1292号 判決

被告人 ハワード・シー・マカドリー

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人レオン・アイ・グリンバーグ及び同大塚竜司連名提出の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴の趣意第一点について。

所論は、(一)原審における主任弁護人レオン・アイ・グリンバーグは布施証人に対する反対尋問において、同証人に対し「あなたはクライスラーのライセンス・ナンバーを紙にかきつけましたか」と尋問し、同証人は「そのときは書かなかつたです」と答え、同弁護人は「あなたは海老原検事さんの前でライセンス・ナンバーを書いたと言いませんでしたか」と尋問し、同証人は「僕はそのまま頭に覚えこんで交番にひつかえしたのだからそれで交番でもつてそれをひかえたのです」と答え、同弁護人が更に尋問を続けようとすると裁判官はこれを制限したのであるが、右は弁護人の尋問を不当に制限したもので、憲法第三十七条第二項、刑事訴訟法第三百四条、刑事訴訟規則第二百三条に違反する。(二)二原審笠原証人の速記録中記録五六丁表終から二行目に鉛筆書で「しる」と記載してあり、同裏一行目「方角」の角及び記録五八丁裏「緒」という字がいずれも紙を削りとつた上に書いてあり、記録六一丁裏六行目「リオン・アイ・グリンバーグ弁護人の字がインク消で抹消した上に書いてあるが、右は刑事訴訟規則第五十九条に違反し、該速記録は証拠能力がないに拘らず、原判決がこれを事実認定の資料としているのは採証法則に違反すると主張し、原審の訴訟手続に判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があると主張するのである。よつて、まず、(一)原審第二回公判調書添付の証人布施英二の速記録を調査するに、同速記録中記録第一〇七丁表から裏にかけて検察官との間に「証人の車は、そのクライスラーがとまつたために、どういう措置をとつたのですか」「当然その車が事故がわかつて引き返すものと思つたわけです。ですから僕はその車のうしろにとまつて、四、五米うしろにとまつてナンバーをひかえたわけです」との尋問応答、記録第一三七丁表には弁護人レオン・アイ・グリンバーグとの間に所論のような尋問応答、記録第一三八丁表には同弁護人との間に「もし私に勘違いがなければ、さつき検事さんがいろいろ質問されたときに、自分は番号を書きとめたと言いませんでしたか」「言いません」との尋問応答の各記載があり、証人はライセンス・ナンバーをひかえたと供述するのみで、それを書き留めたとは供述していないのであるから、原審裁判官が書き留めたことを前提とする弁護人の質問を制限したことは一見正当のように思われるけれども、この場合、日本語のひかえるとは通常書き留める意味であるから、通訳による尋問応答において日本語に通じない外国人たる弁護人が書き留めた旨の証言を前提として質問することは己むを得ないところであり、その尋問を制限したことは相当とは認められず、従つて右は憲法第三十七条第二項、刑事訴訟法第三百四条、刑事訴訟規則第二百三条に違反する疑があるけれども当審における証人布施英二の供述によれば、同証人はクライスラーのうしろに停車し、そのライセンス・ナンバーを見て記憶し、交番に引き返して後、警官にそのナンバーを書き留めて貰つたことが明らかであり、この程度の事実を明らかにするための尋問を制限したからといつて犯罪事実の認定に影響を及ぼすことないのは勿論、同証人の供述の信憑性を左右することにもならないから、右訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすものとはいうことができない。(二)原審第二回公判調書添付の証人笠原俊彦の速記録を調査するに、所論のような鉛筆書、紙を削りとつた上、またはインク消で抹消した上の記載のあることは明らかであるけれども、原判決は証人笠原俊彦の供述自体を証拠として挙示しているのであるから、所論はその前提を欠くのみならず、所論の速記録は公務員でない株式会社東京速記事務所鈴木淑子の作成にかかるものであるから、刑事訴訟規則第五十九条の規定は右速記録にはその適用がなく、また、右規定は所謂訓示規定であり、これに違反したからといつて、該速記録の証拠能力を否定することはできないから、右供述自体は勿論、右速記録を事実認定の資料に供しても採証の法則に違反するものではない。以上説示のように原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違反はなく、所論は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長 山田要治 滝沢太助 鈴木良一)

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